>センティア マツダ・センティアがフラムボワイヤンだというのは非常に理解できます。
フラムボワイヤン様式はフランスの富豪たちがコンクールデレガンスで美しさと豪華さを競った様式美だと理解しています。その美は空力とは無関係で純粋に美のための形や装飾です。マツダはそういう美しさの追求を昔からしていますよね。社風なんだと思います。
センティアもまさにそれで、その曲面の繊細な優雅さは空力とは無関係に美を求めた結果でしょう。考え方はフラムボワイアンのそれです。ビジョンシリーズもその気があると思います。それが好きな人と好きでない人がいて、マツダは好みが分かれやすいメーカーだと思います。好きになるとマツダ車しか買えなくなるでしょうけれど嫌いならマツダに嫌悪感すら抱くでしょう。私の知り合い(別に車好きではない人)がマツダ車だけは買わないというのでなぜか聞きましたところ、マツダ車は車じゃないからと言いました。真意は聞かなかったのですが生理的にだめみたいな感じだと思いました。私もその感覚はよくわかります。
マツダは削った先に美が残るのです。車でなく美が残る。それは車としてどうなのかと最近の魂動デザインでも思います。フェラーリを削っていったら何が残るでしょうか。きっと速さの追求が残るでしょう。
>布製コンセプトカー バングル氏の布製コンセプトカーは確か形が変化できるというコンセプトだったと思いますが車が柔らかい材質でできているというのはあまり理解ができませんね・・斬新すぎる、100年くらい先を行ってるのかもしれませんけどね。
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