ASPARK OWL のデザイナー 大津秀夫氏 独占インタビュー Vol.2

インタビュアー:真栄中美樹    
2019.05.13 23:14    






少しばかりさかのぼって、2004年、三菱電機のカーナビの広告で私が作ったCGの車が色々な雑誌に載せられました。

その前年の2003年、私は10年ほど在籍した会社を退職し独立、フリーランスとなっていました。

フリーランスとなってわりと初期の仕事だったわけですが、さいわいなことに評判は悪くなかったらしく、最初はフロントビュー、次のシーズンでリヤビューと、1回だけですがリピートされ、2シーズンにわたって広告が掲載されました。

mitsubishi_electronics_cg_car_front_quater


mitsubishi_electronics_cg_car_rear_quater



池谷さんはそれを見て、こんなデザインの本物の車をいつか作りたいなと思ったそうです。

そして後にそれが私のデザインであることを(多分私のウェブサイトを見て)知り、あぁこれは大津さんのデザインだったのか…、やっぱり好みが似ているな、いつかまたお願いしたいな、と思ったそうです。


また時は流れ2009年、リーマンショックで自動車業界大打撃。

イケヤフォーミュラさんもうちも例外ではなくひどい目にあいました。

イケヤフォーミュラさんはがんばってその時期をしのぐのですが、私などは文字通り吹けば飛ぶようなもので、まるっきり仕事が無い状態が何ヶ月も続き、ついには畑違いのトラックの架装メーカーに設計要員として雇ってもらって何とか食いつなぐというなさけないありさまでした。(当時の架装メーカー関係者の方々にはただただ感謝です)

1年ほど経過して景気が少しずつ回復してきて自動車メーカー、自動車部品メーカーともに以前のように外部に仕事を出すようになってきて、私も何とか本来の仕事に復帰することが出来ました。ここまでに1年半ほどかかりました。

そしてしばらくして池谷さんから問い合わせが入ります。

ル・マン(世界3大レースのひとつでもあり、世界最高峰の24時間耐久レース)に出るような形の車のロードバージョンの開発について、協力してもらえないかということです。

すごい話だなと思いましたが、しかしそれはあまりに壮大で(失礼ながら)実現可能なことには思えず、自分としては多分力になれないと思いますが…と、海外製の似たような(池谷さんが想定したものよりも随分小ぶりだしカッコ良くもないですが、まがりなりにもナンバーを付け公道を走れる)事例などを紹介するにとどまります。

池谷さんは大人ですから、詳しい情報を感謝しますと返信してくれましたが、本当のところは不愉快というか残念に思われたことと思います。

後にこの時の池谷さんはかなり本気だったと知り、良くない対応をしてしまったとつくづく申し訳なく思うこととなります。

更に2011年、東日本大震災でまたしても打撃を食らいますが、さいわいリーマンショックほど長期にわたるものではなく、私は何とか持ちこたえることが出来たのですが、同業者というか関係業者で車の試作や開発に関わる規模の小さなところは年々業容が縮小し、いよいよ立ち行かなくなるようなところもいくつか出てlきました。

そして2012年の夏、この種の相談(会社の建屋を含む設備と人員を引き継いでくれるところの心当たりはないか)を知人の会社から受け、そういう事なら池谷さんに連絡してみるか、と久しぶりに電話したところ…

「今ちょうど大津さんに電話しようと思ってたところだったんですよ。何か察知されました?^^」とのこと。

「え?え…どういう事でしょう?」と気のきいたことも返せずにいると、久しぶりですし詳しく話したいので、せっかくですからと、こちらからの用件と合わせ、とにかく会ってお話しましょうということに。

久しぶりの栃木県鹿沼市、移転されて以前よりも大きくなったイケヤフォーミュラさんの会社でお会いした池谷さんは以前のイメージどおり穏やかで魅力的な方でした。

そこで聞いたのが、本気でオリジナルスポーツカーを開発したいということ、今までずっとそう思いながら大きな経済的な波があったりしてなかなか思うような体制が取れなかったが、ここにきて長年開発を続けてきたシームレストランスミッションが完成し、ようやくいろいろなことに目処がついたので、プロモーションを兼ねて本格的なスーパースポーツを自社オリジナルで作ろうと思う。形や大きさはル・マンに出る車のような本格的なもの。もちろんゆくゆくはロードバージョン、つまり車検を取ってナンバーをつけた車にしたいと思う。ということでした。

“今まで色々ありましたけど…、なんとか目処がついたんで、これでようやく正式にお願いできます。デザインを是非大津さんにやっていただきたいんですが…。 ”と嬉しそうに笑顔で言う池谷さん、ああ、池谷さんは本当に本気なんだ…、いよいよ来たのかこの時が…、そんな思いがしました。

ずっと思い続けていたオリジナルスポーツカーの開発、そのデザインを私に依頼したいという、もう何とも嬉しくもったいお話。 

10年以上前、FJ1600のデザインはうやむやにしてしまい、3年前の相談は真剣に受け止めずに流してしまったのに、それにも関わらず私に依頼してくださる、それもこんな大事な車のデザインを…、これを引き受けずにどうする、そう思いました。これまでのことを考えたらもう何としてでも力になりたい、喜んでもらえるものを作りたい、そう思いました。

3年前と取り巻く環境(車検を取るための色々面倒な事など)としてはそれほど違わないはずのに、この時はかなり“やれそう”な気がして、なぜそう思えたか後から思うに、狙いが明確であること、池谷さんと私の好みがかなり近くて互いに共感できること、何より技術的なコア(シームレストランスミッション)があり、それが商品として他の車に無い大きなストロングポイントになること、そういったいくつかの事柄が、やや漠然としながらもポジティブな予想をさせました。

更に詳しく聞いていくと、私に声をかける前に実は外国製の市販スポーツカー(ロータス2イレブンという、ロータスの中でも特にサーキット向けの車)をベースにして色々トライしてみていたそうなのですが、そのシャシー性能、特にフレーム剛性が全く不足していて(ロータスとしてはそれでまとまっているにしても)、とても池谷さんが考える車としては成立しそうにない。

そうなると、“つまらない制約に縛られてまでこの車をベースにすることの意味は無いんじゃないか、という事になりまして…最初は何となくもっと簡単に要領良く出来ないかなぁと思ったんですが…。”とのこと。

世界的スポーツカーブランド、ロータスのシャシー性能に簡単にダメ出しする志の高い池谷さんw

で、それならシャシー、フレームなど納得のいくものを丸ごと一から作る完全なオリジナル設計でいこう、変な妥協はしないで、という結論に至ったということでした。

(ロータスの名誉のために少しだけ解説すると、ロータス各車のフレームは剛性面その他のシャシー性能での理想を追求したものではなくて、あの生産規模(市販車としてはかなり少量)であの価格で採算が取れるように、アルミ押し出し材とアルミ板をうまく組み合わせて構造用接着剤を多用した、非常に巧妙に考えられたもので、それはそれで工業製品として設計や工法、そしてある種の割り切り方には学ぶべき点が多いです。なにより、その構造の新型車:エリーゼによって傾きかけて青息吐息だった同社は持ち直し、更にその発展型の上級車種を増やすまでになったのですから、大成功例といっていいプロダクトです。)




2012年秋、ついにイケヤフォーミュラ製オリジナルスポーツカー(後のIF-02RDS)開発スタート。





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2013年の秋、東京モーターショーでIF-02RDSの1号車、プロトタイプを発表。

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そしてその後車検/ナンバーを取得するため、保安基準満たすモディファイを施した2次開発を継続。







イケヤフォーミュラさんが苦労した試験のひとつ、排ガス試験など、苦難の連続…。

if-02rds_road_version_emision_test




2017年10月、IF-02RDSの2号車が念願のナンバー取得、東京モーターショーでロードバージョンとして公開。




そして、このIF-02RDSの2号車ロードバージョンの開発を行っている最中の2016年の1月、アスパークの車の開発も並行してスタートすることとなります。

池谷さんは、うちが請けるからにはデザインは大津さんに…と言って下さって、また嬉しかったです。

そしてこの時からアスパーク社の車の開発に私が加わることになります。




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